歌ってきました!
それも、年も押し迫った29日・・
そもそも、
日本で初めて年の瀬に第九を演奏したのが12月29日だったそうなので、
由緒正しき設定なのかもしれませんが・・
現実には、主婦が12月29日を丸一日つぶすのは、かなりの痛手であります・・
さて、
そもそも何でこういうクダリになったかと申しますと・・
思い起こせば、四半世紀前のこと・・OL時代に同期が歌う第九を日比谷公会堂に聞きに行ったのに、端を発します。
それまで第九といえば、「晴たる~青空~漂うく~もよ~♪」の小学校合唱バージョンしか頭にありませんから、オーケストラと一緒にそれもドイツ語で浪々と合唱する友人が雲の上の人に見えました。
それから、年末に第九が聞こえてくると、憧れはつのるばかり・・
それが、時を経ること十余年、身近なところで第九に接することになります。
それは息子1が通った学校で、毎年創立記念日に開催される第九コンサートでした。
今は亡き校長先生の御意向で、現役管弦楽部にOB・OGで補強した自前オケに在校生、その父兄、OB・OGの大合唱団を従え、プロのソリストを招いて行われるものでした。
入学して初めての年、見に行って、予想外に本格的だったので、感動して鳥肌がたちました。
「よし来年は、私も父兄として5月からの練習会に参加して、初舞台をふむぞ!」と息子1に宣言しましたら、
「お願いだから、やめてくれ。 どうしても歌うというなら、グレてやる!」
それほどまでに嫌なのかい・・・
というわけで、その後卒業まで5回、聞く側に甘んじることに・・
ただ、自分でも、舞台上の皆さんをみていると、立錐の余地もないほど、大勢なので、当然、楽譜など広げられるはずもなく、暗譜というところに、多大なる不安を感ぜずにはおられないわけで・・
この年齢で、さらに全く未知の世界のドイツ語を丸暗記することができるのか・・
やっぱり、腰が引けるところがあったわけです・・
でも、いつかは歌いたいと密かに思いつつ、またまた時を経ること10年・・
一昨年の忘年会で、先輩が第九コンサートに参加するという話を聞いて、メラメラと長年秘めた思いが再燃してきました。
指揮は西村智実さん、演奏は東京フィルハーモニー、場所は東京国際フォーラムときたら、歌わないわけにはいきません。
なが~い前置きでしたが、こうして、「2011年夢の第九コンサート」にめでたく参加と相成りました次第です。
しかし、ド素人でも大丈夫なの?
そうです! 「ゆめの」というところが、ミソなのです。
そもそも、舞台上のオケの後ろに陣取るわけではなくて、客席で、楽譜を見ながらうたって良いのです。 ただ、雰囲気が大切ですから、ドレスコードがあって、男性はタキシード、女性は白いブラウスに黒のロングスカートということになっています。
要するに、コンサートのチケットを買って、参加しちゃうというだけのことなのです。
練習会も6月から設定されていて、発声から、言葉の発音から、曲の解釈まで、指導を受けると、それだけで、盛り上がってくるのです。
そう毎回練習会に出られるわけではないので、パート別の練習用CDを頼りに自宅学習がすべてになります。
かくして鼻歌も第九の日々が始まりました。
自宅での練習は主に、駅までの送迎の車内でした。 いつもの待ち合わせ場所に駐車して、ボリュームをマックスにして、心地よく歌っていたら、息子がすごい形相でこちらに向かって歩いてきて一言、「音漏れしてるぞ!」 これにはシロクマも青くなりました。
なんとか、楽譜をたよりに歌えるようになったものの、心配の種は、風邪をひかずに本番を迎えられるかでした。
案の定本番まで10日というところで、のどがいがらっぽくなり・・
こんな時に医者にいったら、もっと強力な風邪をもらうかもしれないと思いながらも、悩んだ末に、薬をもらいにいきました。
そこで先生に
「来週第九を歌うので、ガツンと効く薬をお願いします!」
あまりの迫力に、先生も
「わかりました! 僕もたまに飲んでいるガツンと効くやつを出しときましょう」
って、そういう薬、あるんじゃないの!やっぱり、いつものは生ぬるい薬だったってことね!
ともあれ、おかげで、ひどくなることもなく、万全の体調で臨むことができました。
なんだか、途方もなく長い記事になってしまいました・・
ながなが、お付き合いいただき、申し訳ありません。
ひとまず、ここまでで一休み。 本番編は仕切り直すことにいたします。
刺繍参考: 『クロスステッチ A to Z』 青木和子著
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