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2011年8月24日 (水)

『負けるのは・・』

今年5月に亡くなった児玉清さんの回想記です。P1050783

映画界に入るいきさつから、想像もつかないような俳優修業の日々など、画面の中のダンディーなイメージそのままの流れるような美しい文章で綴られています。

また、若いころにお住まいだったのが、実家の近くだったので、当時の風景がよみがえって、うれしくなりました。 

最愛の御嬢さんの闘病のくだりは、涙を誘いましたが、その時の不信感から、ご自分もなかなか検査を受けずにいらしたのかなと思うと、残念でなりません。

この中で、少しだけ触れられている、戦時中の学童疎開先が四万温泉でした。 体調が良いときに、最後に訪れたのもこの温泉だったとか・・

それで、行ってみたいと思ったのですが、思いのほか山深い静かなところで感慨ひとしおでした。

第二の故郷としてこの地を愛され、 地元の方との交流も大事にされて、ゆったりとした時間を過ごされたのでしょうね。

実は児玉清さんは、私が実際にお話をしたことのある唯一の芸能人です。

もう30年近くも前のことになりますが、恥ずかしながら、若気の至りで、某クイズ番組に出たことがあります。 恥ずかしい成績でしたが、運よくパリに行けることになりました。 

年に2回、そのツアーがあるのですが、たまたま、次回からの旅行先が変わるとかで、撮影のために、児玉さんもツアーと同じ便で出発されました。 ディジョンでの撮影を終え、最後に合流され、みんなでお食事する機会を作ってくださったのです。 

オーダーからチェックから、流ちょうなフランス語で、ギャルソンに対応して下さって、忘れられないパリの思い出になりました。

舞い上がっていたので、何を話したか、はっきり覚えてはいませんが、とにかく、ダンディーそのもので、一挙手一投足、ぐっとくる美声、すべてが隙のないかっこよさでした。 

以来、私の中では児玉さんを超える素敵なオジさまはいないとずっと思ってきました

今でも、帰りのシャルル・ド・ゴール空港で、コートを小脇に抱えた立ち姿が目に焼き付いています。

きっとその姿のまま、遠くに旅立たれたんだなぁと、そんなことを思いながら、読ませていただきました。

心からご冥福をお祈りいたします。。

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